大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

名古屋高等裁判所 昭和29年(ネ)35号 判決 1956年2月23日

控訴人 森岡靖男

被控訴人 岡三証券株式会社

主文

本件控訴を棄却する。

控訴費用は控訴人の負担とする。

事実

控訴人は原判決を取消す。被控訴人の請求を棄却する。

訴訟費用は第一、二審共被控訴人の負担とする。との判決を求め、被控訴代理人は控訴棄却の判決を求めた。

当事者双方の事実上の主張は、控訴人において、証券業協会員は証券取引法第四条第一項の規定による届出が効力を生じていない未発行の有価証券については自己が相手方となつて売買をなしてはならない。という慣習法がある。被控訴人は証券業協会員であつて本件取引は未発行株式の自己売買であるから、仮に証券取引法第四条第一項が強行法規でないとしても右慣習法に違反して無効であると共に強行法規たる証拠金預託に関する同法第四十九条に違反し、よつて民法第九十条に違反して無効である。尚本件取引株式には当時寄付相場乃至気配相場は存在しなかつた。と述べ、被控訴代理人において、被控訴人は証券業協会員である。本件取引については証券取引法の適用はない。仮にその適用ありとせば、同法第十五条第三項、第四号が適用せられる。(同号所定の委託には売買の申込を包含する意味において)と述べた外、原判決事実摘示と同一であるからここにこれを引用する。

<立証省略>

理由

被控訴人が大阪市北浜に本店、三重県上野市、津市等に支店を置き証券取引法に基き有価証券業を営む株式会社であることは控訴人において明に争わないのでこれを自白したものと看做すべく、成立に争のない甲第六号証、原審における証人坂口武夫、同坂東慧、同森川泰男、同木沢弘一の各証言により真正の成立を認めうべき甲第一号証、右各証言、当審における鑑定人猪飼武夫、同吉橋丈太郎の各供述を合せ考えると、控訴人は昭和二十八年一月二十三日訴外木沢弘一を使者として被控訴人(三重県上野支店)に対し、同月二十四日の成行相場で昭和飛行機工業株式会社新株式百株(昭和二十八年三月五日より同月二十日までがその申込期間で、同年四月一日がその払込期日)の買注文をなし、同年一月二十四日これが同日の店頭気配相場である一株につき金二千八百六十円、百株につき合計金二十八万六千円の代金でこれが受渡は同年三月五日以降発行せらるべきその株式申込証拠金領収証によるべき売買契約の成立したことを認めることができる。原審における証人森岡靖光の証言、同控訴人本人の訊問の結果中右認定に反する部分は前記各証拠に対比して措信し難く、他に右認定を覆えすに足るべき証拠はない。

右認定のように本件取引は株式引受申込証拠金領収証を受渡の対象とするものであり、株式引受申込証拠金領収証は証券取引法第二条所定の有価証券でないので本件取引には証券取引法を適用し得ないものと解すべきであるのみならず、証券取引法、証券業者の信用の供与に関する規則等における証拠金の預託に関する規定は取締規定にしてこれに違反して証拠金の預託のなされない場合においても同法所定の罰則の適用を受くるは格別その有価証券の取引の無効を惹起しないものと解すべく、従つて本件取引につき証拠金の預託のなかつたことは被控訴人において明に争わないのでこれを自白したものと看做しうるのであるが、該事実の故に控訴人所説のように本件取引を無効なるものとなし難く、又本件取引は前記認定事実により有価証券市場外における有価証券にあらざる物件の所謂店頭取引であることが認められるので、右市場内の有価証券の取引に関する証券取引法第百三十三条第一号、証券取引委員会規則第十六号の取締の対象とならない上に、本件取引が控訴人所説のように現物取引の意思のない差金取引である事実を認めるに足るべき証拠はなく、却つて前記認定のように同年三月中に発行せらるべき株式申込証拠金領収証なる対象を有する取引であることが明らかであるので、この点においては所謂空取引の取締を対象とする右各規定の精神に悖ることもない。

更に被控訴人が証券業協会員であることは当事者間に争がなく、控訴人の全立証によるも証券業協会員は証券取引法第四条第一項の規定による届出が効力を生じていない未発行の有価証券については自己が相手方となつて売買をしてはならない旨の慣習法の存する事実を認め難く、たゞ前記吉橋鑑定人の供述によれば証券業協会は大蔵省の通達に基き公正慣習規則を設けその中に右と同旨の規定を掲げてはいるけれども昭和二十八年五月自粛申合の行われるまでは右の規則は励行せられていなかつた事実が認められ、右公正慣習規則も所謂取締規則にしてこれに違反してなされた取引も無効とならないものと解するのが相当であり、従つて本件取引は本件株式に関する証券取引法第四条第一項の規定による届出の昭和二十八年二月九日に受理せられる以前になされたことは当事者間に争のないところであるが、控訴人所説のように前記各証券取引法条等に違背すると共に民法第九十条にも抵触して無効となるものとは認め難い。

而して前記認定の事実、成立に争のない甲第二号証の一、二、第三号証の一乃至四、前記坂口証人、坂東証人、森川証人、木沢証人の各証言、前記各鑑定人の供述によれば、被控訴人(前記上野支店)は昭和二十八年三月中前記昭和飛行機工業株式会社新株式百株分の引受申込証拠金受領証を入手するや遅滞なく二回にわたり店員をしてこれを控訴人方に持参提供せしめたところ、当時右株式の相場が日一日と下落の途を辿つていたため控訴人はとかくの言辞を設けてその受渡並に代金の支払を肯んじないまま時日を経過し、ついに右株式の相場が著しく下落してきたので被控訴人はこれが対策のため同年四月七日控訴人に対し書面をもつて同月十日までに前記売買代金を持参支払うべき旨を催告し、若し右代金の支払を右期日までに履行しないときは右売買契約を解除し同年四月十一日朝の相場で右株式の引受申込証拠金領収証を処分しその差損金の請求をなすべき旨の催告及び条件附契約解除等の意思表示をなし、該書面が同月八日控訴人に到達したけれども控訴人において右代金を右期日までに支払わなかつた(又右催告の期間は相当と認められる。)ので同月十日の経過と共に右売買契約は解除せられ、被控訴人は同月十一日朝右株式一株につき金三百三十円、百株につき合計金三万三千円の店頭気配相場で右株式百株分の引受申込証拠金領収証を処分して損害の補填にあてた事実及び右株式の同日朝の店頭気配相場は右金額をもつて相当とする事実、従つて被控訴人が控訴人の右債務不履行により本件売買代金合計金二十八万六千円から右売得金金三万三千円を控除した残額金二十五万三千円の損害を蒙つた事実を認めることができ、控訴人の全立証によるも右認定を覆えすことはできない。然るに本件取引は前記各認定のように当初より当時株式は勿論、株式引受申込証拠金領収証の存在することなく、該領収証の受渡時期は右売買契約当時より相当遅れることは右契約の性質上当然のことに属するので、被控訴人の右領収証の提供が前記のように遅滞なく行われた以上その提供が契約後四日以内に行われなくてもこれがために控訴人所説のように控訴人に同人の不履行による損害賠償義務のないものとも、又被控訴人に契約履行上に過失のあるものともなし難く、尚前記認定のように控訴人の買注文によつてなされた証券取引法上の有価証券でない株式引受申込証拠金領収証を対象とする本件取引に付ては証券取引法第十五条第三項第四号の規定の趣旨をも参酌して同法第四条、第十五条第一、二項、第十六条等の規定の適用は勿論、その準用すらなす余地がないので控訴人主張の相殺の抗弁も亦採用することはできない。

よつて控訴人は被控訴人に対し前記株式売買損害金金二十五万三千円及びこれに対する本件訴状が控訴人に送達せられた日の翌日であることが記録上明らかな昭和二十八年五月二日以降右完済に至るまで商法所定年六分の割合による遅延損害金を支払うべき義務のあることが明らかであるので被控訴人の本訴請求は全部正当としてこれを認容し、右と同旨に出でたる原判決は相当で本件控訴は理由のないものとしてこれを棄却し、民事訴訟法第三百八十四条第一項、第九十五条、第八十九条によつて主文のように判決する。

(裁判官 北野孝一 伊藤淳吉 小沢三朗)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例